民法現代語化 改正されなかった条文/詐害行為取消権(債権者取消権)

民法現代語化

改正されなかった条文/詐害行為取消権(債権者取消権)

2007年11月22日 

総説

改正案の424条は、取消しの相手方について判例に従って明文化したものであり、425条は、詐害行為取消しの効果について、より具体的な効果を明文化したものである。だが、詐害行為取消権の法的性質論には学説の対立があり、どの説かによって、取消しの相手方やその効果(債務者の逸出財産の取戻し方)が異なる。そうした対立のある中で、研究会がどのような改正案を検討していたのか注目した。

詐害行為取消権とは?もう少し詳しく - 詐害行為取消権(債権者取消権)

旧第424条 債権者ハ債務者カ其債権者ヲ害スルコトヲ知リテ為シタル法律行為ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得但其行為ニ因リテ利益ヲ受ケタル者又ハ転得者カ其行為又ハ転得ノ当時債権者ヲ害スヘキ事実ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス
※2項は省略
旧第425条 前条ノ規定ニ依リテ為シタル取消ハ総債権者ノ利益ノ為メニ其効力ヲ生ス

[判例・学説による改正案]
第424条 ① 債権者は、債務者が債権者を害することを知って法律行為をした場合には、その行為によって利益を受けた者(「受益者」という。次条においても同じ。)又は受益者からその利益を得た者(「転得者」という。次条においても同じ。)に対し、訴えをもって、その法律行為の取消しを請求することができる。ただし、受益者又は転得者が、その行為又は転得の当時に債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。
※2項は省略
第425条 ① 前条の請求において、債権者は、受益者又は転得者に対し、その法律行為によって給付された利益を債務者に返還することを請求することができる。その利益の返還が不可能又は著しく困難な場合には、その利益に代わる価額の賠償を請求することができる。
② 前項の請求が動産又は金銭を目的とするときは、債権者は、それを自らに引渡し又は支払うことを請求することができる。

現代語化後 民法第424条
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 前項の規定は、財産権を目的としない法律行為については、適用しない。
現代語化後 民法第425条
前条の規定による取消しは、すべての債権者の利益のためにその効力を生ずる。

詐害行為取消権の学説

詐害行為の取消の相手やその効果について、学説は、形成権説、請求権説、相対的無効説(折衷説)、責任説の対立がある。

形成権説では、取消訴訟の相手方を債務者及び受益者ないしは転得者であるとし、取戻しには、新たに債務者の受益者または転得者に対する不当利得返還請求権を代位行使するものとする。

請求権説では、訴訟の相手方は受益者または転得者で、取消の効果を債権者と被告との間に相対的に生ずるとする。

相対的無効説(折衷説)では、訴訟の相手方は受益者または転得者で、財産が転得者にある場合には、受益者に対して取消しと価額賠償を請求してもよいし、転得者から取戻してもよいとするもので、判例・通説の支持するところとされる。

責任説は、原則として受益者又は転得者の所有下にありながら、債務者の財産として強制執行を許すものだとして、取消訴訟の相手方は、債務者の地位に直接の影響を及ぼさないから被告とする必要はなく、受益者または転得者でよいとする。そして、取消訴訟と同時かその後に責任訴訟(執行認容の訴え)を提起して、取消判決と責任判決を債務名義として、受益者または転得者の財産を強制執行する。

訴権説は、受益者または転得者にある債務者の財産に対して、共同担保の減額分を執行債権として執行認容訴訟たる取消訴訟を提起する。そして、取消訴訟の勝訴判決を債務名義として受益者または転得者の財産に強制執行することができるとする。

改正案について

424条改正案

これら学説の対立がある中で、判例・学説による424条の改正案は、「判例によると、取消し請求の相手方は、債務者でなく受益者または転得者である。このことを、区分所有法58条1項を参考にして、明文化した」とされる。

そして、学説については「請求の相手方については多岐に分かれているが」、「請求権説(川島)、折衷説(我妻など通説)だけでなく、責任説(下森、中野)、訴権説(平井)も、判例と同様に考えている。取消権説《多くの体系書で形成権説とよばれるものと思われる》のみが、債務者と受益者・転得者を相手としなければならないと説くが、今日では支持者がいない」と説明している。

425条改正案

次に425条の改正案について、「1項において、判例・通説(折衷説)による効果、すなわち、相手方(受益者または転得者)に対し、逸出財産の取戻しまたはこれに代わる損害賠償を請求できることを明文化した」とされる。

2項は、「取消債権者に対する直接の引渡し、支払い請求を規定した」とされる。これは、判例(大判大正10・6・18民録27-1168、最判昭和37・10・9民集16-10-2070)・通説(折衷説)が、金銭について取消債権者が直接自己に支払うことができるとしているからである。また、これに関連して、425条の「総債権者ノ利益ノ為メニ」という文言が空文化していることが、この案では顕著になるので改正案では削除されている。

研究会での検討

この改正案の説明には、424条改正案の説明の最後に「学説の争いを裁定することになるので、改正案は控えるべきか」。また、425条では、「以上の内容は、確定した判例であるが、請求権説、折衷説以外の学説は反対である参考までの改正案とする」と述べられている。

16回の研究会では、「判例・学説による改正案のうち、その採否が未決定であったもの[判例・学説による改正案条文一覧]参照)について、その採否について審議され、次のような結論に達した」として、424条のほか「415条、420条、423条、424条、425条、443条、444条、468条に関する判例・学説による改正案については、提案者から撤回がされた」ということで、少なくとも研究会の全体会では検討されなかった。

撤回された理由については、16回の研究会審議メモからは判然としない。これは推測であるが、判例・学説による改正案の検討の前に、この前に紹介した物権的返還請求権と安全配慮義務の規定について審議され、何れも前述の審議結果になっている。424条等は、これを受けて改正案が過大なものだとして提案者が撤回をしたのか、それとも提案者がもともと学説の対立などがあって改正は難しいと考えており撤回したのか等が考えられるが、推測するにも情報が少ない。

なお、424条には、受益者や転得者についての定義がある。これは、5回の研究会で、定義規定や原理原則規定を置く必要があるか否かを検討するとしたことから加えられたものであると思われる。しかし、16回の研究会で、他の懸案事項とともに「①物権的請求権への民法708条の準用規定を置くか(物権的請求権の規定を置くかの問題を含む)、②安全配慮義務の規定を置くか、③原理原則が置かれていない規定についてこれを補充するか、④定義規定を置くか、⑤損害の拡大等に関する過失相殺についての判例・学説による改正案を採用するかに関しては、将来の 民法改正時の検討課題とし、今回の現代語化に当たっては、いずれも見送ることとする」という審議結果になっており、定義規定は置かれなかったものとみられる。

※本文中のリンクは、審議メモなどの当該議論の箇所にリンクしています。